このところ、クルマの中ではずーっとAFNを聴いているんだけど、まだ3分の1も聴き取れない。
アラバマの話ばっかしてるなあ、でもチューズデイもいってるし大統領予備選でアラバマがどうかしたのか。
で、昨日の夜、やっとわかった。barack obamaだ。。。。「バラッカバマ」だ。アラバマに似てなくもないけど。
土曜日の映画の予定とか日本のイベントの予定なんかはわかるようになってきた。続ける。
このところ、クルマの中ではずーっとAFNを聴いているんだけど、まだ3分の1も聴き取れない。
アラバマの話ばっかしてるなあ、でもチューズデイもいってるし大統領予備選でアラバマがどうかしたのか。
で、昨日の夜、やっとわかった。barack obamaだ。。。。「バラッカバマ」だ。アラバマに似てなくもないけど。
土曜日の映画の予定とか日本のイベントの予定なんかはわかるようになってきた。続ける。
読んだことを大っぴらにするのが恥ずかしい気がするのはなんでだろう。でも、大っぴらにするんだけど。このメタな構造をどう理解すればいいんだろう。どうもこの新装版(改版版)というのが、アレな気がする。とはいっても前の版を読み直すほどの気にもならず。
この中に何度か出てくる「フランクリン自伝 (岩波文庫)」や、同様にフランクリン自伝をたくさん引用する「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神 (岩波文庫)」は、とてーもオススメ。この二冊を読んで、まだ続けてこういったテーマで読んでみたいと思えば、読んでみてもよいのでわ。
これはAmazonで買った。
どういう巡り合わせか、本を、読んだり、書いたり、作ったり、売ったりすることを仕事にしている友人が多い。しかも、僕の仕事の一部(割合でいうと3分の1ぐらい)は本の物流システムの構築と運用だったりする現状(それぞれにビジネスとしてのつながりは薄い、というかない)。
最近思うのは、僕に限っては本を仕事にしていない(物流はまあアレはあんまり「本」を仕事にしている感じじゃない)のは幸せなことかもしれんなあということ。本を読むことが好きなだけで、評価したり、集めたり、まとめたりはどうでもよくて、本が好きな人はそういうもんじゃないかなあと思ったりもして、でもでも、好きだから仕事にするんであって。なかなか大変なのだろうなあと思う今日この頃。
好きなことを仕事にするのは幸せなことだと思っていたし、いまでもおおむねそうなんだけど、「本を読むこと」が仕事というのはキツいなあ。僕には。「食べること」もキツい。例えば「眠ること」を仕事にしちまったらいったいどうしたらいいんだ(星新一にありそうだ)。
システムエンジニアリングも面白いぞ。三番目ぐらいに好きなこと。なんか妙にほどよいなあ。
本郷菊坂の鳳明館という旅館の隣に住んでいた頃、近藤富枝さんの本郷菊富士ホテル (中公文庫 (こ21-1))を読んで、とても面白くて出てくる名前にいちいちわくわくして堪能したんだった。実は、同じ著者のこの田端文士村はなんとなく遠く感じて読んでいなかったんです。谷根千辺りのIT担当をなのっておいて。(しかも、ここ最近はあんまり仕事もできていない。ゴメン)
表紙の絵は今の田端駅南口。文中では表口(今の北口)に対して裏口といわれているところ(だと思うのだけど、出口すぐの急な階段が見えないのが気になる)。
僕の家の最寄り駅入り口になる。ここ、田端一丁目に越してきて約一年。やっと町の様子が身に付いてきたというか、方向感覚がつかめてきたというか。そういうときに、この本を読んだのは正解だったなあ。芥川龍之介の餓鬼窟も、日向きむこの蛇屋敷もとても近いんだな。そういうことがよーくわかる。で、今はそういった面影がほとんど残っていないのもよーくわかる。
文士村記念館、一応行ってみようか。近いんだし。
室生犀星、萩原朔太郎ぐらいは田端に暮らしていたのはしっていたけれど、小林秀雄、菊池寛、堀辰雄、中野重治、佐田稲子、平塚らいてう、川島芳子(!)、竹久夢二に田河水泡。などなど。今の本駒込図書館のあたりは、カフェー紅緑があったこと。紅緑のすぐならびには動坂松竹という映画館があったこと。佐田稲子は紅緑で働いていたこと。などなど。
これはほうろうで買った。