急に、覚えていることはどこかに記録しておいたほうがいいと思うようになった。
小学校へは5年生まで歩いて通った。6年生の始め頃には通学バスが来るようになった。
毎朝近所のサカイ先生(親戚で郷土の名士。教師一族。)の家の前に来るバスに乗る。
帰りは学校の隣にある農協の駐車場がバス停。小学校のグラウンドにある正門の脇に農協の建物があった。当時は地方の主要な銀行的な役割もあって大人が続々来ていた。
通学バスが来るようになったのは、小学校を建てかえるのと、ウチからの通学路の途中に養護学校を作ることになって(そこはまさに僕達のみちくさポイントだった)道路工事ばっかりになるところを小学生がチョロチョロすると工事をやってられないってことだったんだろう。
通学バスが来るまでは僕達小学生は毎日歩いて登下校していた。ざっくり道のりは4キロある。今の常識では片道4キロの道のりを6歳時にランドセル一杯の教科書を背負わせて歩かせるというのはなかなかシュールだ。今となっては若干虐待感もあるけど当時はごく当たり前に受け取っていた。自分だけじゃないし、毎朝上級生と一緒にたらたら歩くのはそれはそれで楽しかった。
3年生の頃には2年上のイケダさん(当時は呼び捨て。中学生になると野球部の先輩になって呼び捨てできなくなって今に至る)と隔週で少年ジャンプを買って読んだら前週のと交換するというルールができたのもあの頃。2年上だからそんなに長くは続かなかったはずだけどよく覚えてるなああ。合理的で小遣いが減らなくて嬉しくて満足していた記憶がある。
今でも通学バスがあるのかどうかは知らない。