黒澤明 「用心棒」、「椿三十郎」、「生きる」を続けて観た

週末を使って録画しておいた映画を3本観た。

「用心棒」、「椿三十郎」は退屈な雨の休日に観るのに楽しくていいな。前にも1回づつ観てて今回2回めだけどまたいつか観るだろう。程よい長さなのもいい。永久保存。

今回初めて観たのが「生きる」。有名なブランコのシーンは見覚えあるけれど、どんな話なのかまったく事前知識なしで観た。

とても良かった。観て良かった。でも例えばこれを20年前、30年前に観たとして楽しめたかなあと思うと疑問。楽しむ以前にちょっと状態の悪いフィルムの状況に最後まで観る気にならなかったかもしれない。子どもを育てている50歳になった今観たのが僕にとっては良いタイミングだったと思う。

胃がんの「が」の発音が全員鼻濁音だったのが新鮮。他にも明らかな鼻濁音が何箇所かあった。最近はあまり鼻濁音使わなくなってきてるってことなのだな。

5万円持って小説家と二人で飲み歩くシーン。部下の小田切みきとデートするシーン。どの店も町も華やかで、自分のしってるバブル景気の頃の六本木や銀座と比べても、洗練さも下世話さも段違い。戦後すぐの東京はあんなに活気があったのかと驚く。

志村喬の顔アップシーンが若干くどく感じたのともう少しタイトな編集がされてるとみやすいのになあ。ちょっとフィルムの状態が悪いところは残念だけど古いから仕方ないけどもったいない。

黒澤映画ではあと「赤ひげ」と「七人の侍」が録れてるのでこれを観るのも楽しみ。

山川菊栄著 「武家の女性」 (岩波文庫 青 162-1)

暮れに友人が昨年読んだ本の中から良かったものと勧めてくれた。

東京では買いそびれて帰省した年末、暮れもおしせまった日に、散歩中に通りかかってここならあるかもと寄ってみた岡崎書房。ちゃんとおいてあったのがまずうれしかった。

幕末水戸藩の下級武士青山延寿(著者の祖父)の家の様子を、著者の母千世から伝え聞いたことを随筆風にまとめたもの。

弘道館の一角にあったというこの青山延寿の家というのが、僕が40年ほど前によく祖父母に連れられてウロウロ遊んでいた場所だということ。そして、60年ほど前には僕の母が中高生時代を過ごした町だということ。その馴染のある町の160年前の様子だと思うとそれだけでなんだかうれしい。

当時の祖父母の家は那珂川を挟んで反対側の岸に建っていたから、弘道館とは直線距離だと1キロぐらいだろうか。那珂川の河川敷へピクニックにいった話などは川べりの風景を思い出しながら読んだ。当時の祖父母の家のあった青柳町は大洪水の後の護岸工事で跡形もないけど。

薄い本なのでガツガツ読むとすぐ終わってしまうけど、ちょっとづつ時間をかけて味わって読むのにいい本だなあと思う。

個人的な思い入れなんてなくても下級武士の実生活の様子というのは、僕はこの本で初めて読んだと思う。細かいところまで気の利いた文章で心地良い。

つかこうへい正伝 1968-1982

つかこうへいの芝居は観たことがない。

芝居を観たといえるのは光源寺で年に一回興行していた水族館劇場だけだと思う。これはとても楽しみなイベントだった。そういえば小倉公演にも仲間とツアーを組んで飛行機ででかけた。

この本の中に劇場に観客が入りきらなくて、スタッフが舞台前で桟敷に座っている客に向かって「はい、お尻を上げて右に10センチずれてください、せーのっ!」とやってる場面があって、あっ、これは水族館劇場でもあったなあと懐かしくなった。また観たいなあ。

ぼくは、つかこうへい作品では映画「蒲田行進曲」、小説「広島に原爆を落とす日」の2作にしかふれていないと思う。「熱海殺人事件」は筋を知っているから何かでみたかもしれないけど覚えていない。

1992年頃に小説「広島に原爆を落とす日」を単行本で読んでひどく興奮したことを覚えている。それ以来なんとなく気になっているけど他の作品に接しようと思わなかったのはなんでかなあ。まあこの本を興味深く一気に読んだあとでも、何か他に読んでみようと思わないというのは合わないってことなんだと思う。

以下断片的に。

堀田善衛の娘、堀田百合子と慶応文学部で同級生で、惚れてたようだというのが興味深い。田舎からでてきた自信満々の大学生が、東京の洗練された女子大学生に抱く気持ちが自分にもわかって痛々しくて。つかこうへい撮影のスナップ写真も載ってるけどかわいいもんなあ。

根岸季衣は最初にみた記憶はたぶん「ふぞろいの林檎たち」、まだぼくは子どもだったけれど雰囲気が独特であのドラマの中でもちょっと存在感が浮き上がって感じたなあ。こんな風につかこうへいを経由してたんだな。

三浦洋一もつかこうへい経由とは実は知らなかった。彼も独特の存在感があったな。平田満はぼくにはよくわからない。やっぱりつか舞台の人なのかも。

上橋菜穂子 「獣の奏者」 全5冊合本版(講談社文庫)

講談社
発売日 : 2014-11-28

堪能した。上橋菜穂子の小説は初めて読んだ。直木賞の「鹿の王」はまだ読んでいない(年末年始に読みたい)。

ファンタジー小説は長いしうまく乗れないと辛いので躊躇してしまうのだけど、Kindleで5冊合本でこの価格ならと駄目なら駄目でいいかと読み始めたら、すっかりエリンの世界にはまって4日間で読み終えた。

どうもこっちが知らなかっただけで有名な作品だったみたいで、内容をあれこれいうのは恥ずかしいので何も言わない。

暮れになって追っかけて読みたい作者を見つけられたことがうれしい。

ハヤカワ文庫SF総解説2000

著者 :
早川書房
発売日 : 2015-11-20

楽しい本だなあ。拾い読みがとにかく楽しい。

買ってしばらくはカバンにいれて持ち歩いてちょっとした隙間の時間に拾い読みを楽しんだ。いつまでも読んでいられる。

読んだことのある作品解説も楽しいし、読んだことのない作品解説も楽しい。どっちも楽しい。

無人島本かもしれないと思った。例えばアシモフの小説を一冊持っているのと、この本を持っているのとを考えると…こっちだなあ。

読んだ記憶の断片だけを楽しむのも悪く無い。ずっと手元に置いとく本。

小学校へ歩いて通ったこと

急に、覚えていることはどこかに記録しておいたほうがいいと思うようになった。

小学校へは5年生まで歩いて通った。6年生の始め頃には通学バスが来るようになった。
毎朝近所のサカイ先生(親戚で郷土の名士。教師一族。)の家の前に来るバスに乗る。
帰りは学校の隣にある農協の駐車場がバス停。小学校のグラウンドにある正門の脇に農協の建物があった。当時は地方の主要な銀行的な役割もあって大人が続々来ていた。

通学バスが来るようになったのは、小学校を建てかえるのと、ウチからの通学路の途中に養護学校を作ることになって(そこはまさに僕達のみちくさポイントだった)道路工事ばっかりになるところを小学生がチョロチョロすると工事をやってられないってことだったんだろう。

通学バスが来るまでは僕達小学生は毎日歩いて登下校していた。ざっくり道のりは4キロある。今の常識では片道4キロの道のりを6歳時にランドセル一杯の教科書を背負わせて歩かせるというのはなかなかシュールだ。今となっては若干虐待感もあるけど当時はごく当たり前に受け取っていた。自分だけじゃないし、毎朝上級生と一緒にたらたら歩くのはそれはそれで楽しかった。

3年生の頃には2年上のイケダさん(当時は呼び捨て。中学生になると野球部の先輩になって呼び捨てできなくなって今に至る)と隔週で少年ジャンプを買って読んだら前週のと交換するというルールができたのもあの頃。2年上だからそんなに長くは続かなかったはずだけどよく覚えてるなああ。合理的で小遣いが減らなくて嬉しくて満足していた記憶がある。

今でも通学バスがあるのかどうかは知らない。