古都 – 川端康成

古都 (新潮文庫)

再読。以前読んだのはたぶん20年以上前だ。
こういう読書感覚は久しぶりだったなあ。
何かの役に立つわけでもなく、笑えるわけでもないけれど、僕はこういう読書をもっとしていたはずだ。

京都の夏は、東京より照りきびしいけれども、東京では今、日傘をさして歩く人は、まあ、見かけなくなっている。

”照りきびしい”というのがいい。以前はたぶん読み飛ばしているところ。
”きびしい”が”厳しい”ではないところを、いいなと思えるのは、読書経験の積み重ねか。

1960年代の東京では廃れていた日傘は、21世紀に入ってまた使われるようになっているというのもちょっとおもしろい。20年以上前に初めて読んだ頃だって、日傘は廃れていたような気がする。

これは春の一箱古本市で買った。そして来週末、10月10日は秋も一箱古本市

赤めだか – 立川談春

1年以上、積ん読の山に埋もれていたのを、この連休に発掘して読んだ。
赤めだか
いやあ、面白かった。談志=イエモトの描写が特に。高田文夫にいわれたこととしてあったけれど、イエモト根多がたっぷりあるんだから、それでたくさん書いて欲しい。
談春落語を聞いてみたいなあと感じさせる言語感覚。イエモトの言葉「落語はリズムとメロディ」というのは、こういうエッセイでも、例えば小説でも同じだろう。文章のリズム、メロディが居心地がいい。
あ、ちなみに、談春さん(1966年生まれ)は僕(1967年生まれ)とほぼ同い年。同じ東京にいて、ずいぶん違う感覚で10代終盤と20代の始まりを過ごしてるなあというのも面白かった。

一方、いくつか気になるところもある。特に気になったのは、新作落語と古典落語の区別のところ。なんだかわかりにくいなあ、そんなの関係ないよなあとか。古典も最初は新作だったわけで、古典はいつから古典になったんだとか。
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夏への扉[新訳版]

夏への扉[新訳版]

名作の新訳版。やはり名作。翻訳もとてもいい。今よりも常に未来が好きってのも、この夏の終わりにぴたりはまった感じ。

物語の中では2000から2001年にかけてが未来なわけだけれど(原作は1957年発表)、この未来の描写を、あれもこれもないとか、それはまだできてないとか、いろいろ言いながら読む楽しみもある。銀行がネットワークになっていて、どこでも現金が引き出せるようになっている(けどATMがあるわけじゃない)、というのが新鮮に感じたり。

またいつか読もう。

昭和史 戦後篇 1945-1989 (平凡社ライブラリー)

昭和史 戦後篇 1945-1989 (平凡社ライブラリー)

昭和史 戦後篇 1945-1989 (平凡社ライブラリー)

ひと月ほどかかって読了。読みにくいわけではなくて、まとまって読む時間がとれなかっただけ。この戦後篇に対応する戦前篇「昭和史 1926-1945 (平凡社ライブラリー)」をこれから読むつもり。

半藤さんは実は一度飲み会で隣の隣に座っていたことがあって、僕のことを覚えているわけはないけれど、なんとなく親近感。顔と声の大きいおしだしのよい人だという印象。

[本] まだ途中

持ち歩き始めて早1ヶ月、いまだ上巻の半ばぐらい。史上最遅のペースだなこりゃ。

徳川家達邸の放火事件のくだりを定食屋で読んでいるときに、ニュースで大磯の旧吉田茂邸が火事で焼けたことを知る。放火ではないらしいけれど残念なこと。

ところで、この水平記、高山文彦本では「鬼降る森」に次ぐ傑作の予感。

週末寝込んだ成果

明日泣く (講談社文庫)

明日泣く (講談社文庫)

なんだよ、おい、知らなかったよ。

好きな作家なのに、目につけば買ってるつもりだったのに、こんなにいいのをまだ読んでいなかったのかよ。

これは、今年の秋も一箱でゲットした中では最高のセイカだな。

恋兵衛最高。色川+阿佐田全集には、書き飛ばしたという髷ものも探して入れるべきだよな。いつか、ちくま文庫で出るよなあ。でるべきだよなあ。往来堂で予約してみるか。

酔郷譚

酔郷譚

もう、なんていうか、円熟熟熟熟熟熟熟熟熟熟。

意識していたんじゃないかとも思うけれど、高丘親王航海記 (文春文庫) な雰囲気があって怪しくて、いい。

もう、新作は読めないんだよな。

日本語が亡びるとき―英語の世紀の中で

日本語が亡びるとき―英語の世紀の中で

物事を論理的に突き詰めて考えてみるというのは、エキサイティングなんです。